「“ひろかわ”で作るひとびと」連載シリーズ

※そもそも久留米絣とは?を知りたい方はこちら

明治時代から続く野口織物の3代目、野口泰光さん。その手には、“スズラン”と名付けらられた反物。やわらかく優しい色柄の表現と、これからの季節に気持ちの良い“ちぢみ”織り。この日も工場内では、ちぢみ織りの生地が続々と織られていました。

黒木町出身の泰光さん、サラリーマン時代を経て結婚を機に27歳の時に野口織物に入られました。もう今年から年金をもらう歳、この歳になるとみんなどっか病院にかかってるのよと冗談交じりのお話が楽しい。普通に溶け込みたいとおっしゃいますが、そのキャラクターはお客さまからも大人気、催事での野口織物ブースは楽しそうな笑顔が溢れているのも印象的です。常連のお客様もあり、こんなハギレをこんなに上手く使うかとその器用さに感心するそう。

職業におもしろいはない

人懐っこい笑顔の一方で、泰光さんの”仕事”に対する判断軸はシビア。ものづくりはみんな一緒だと思う、いいものができたときにあぁ良かったとは思うけど、売れてなんぼだから、と。99%問屋を通した商売の中、失敗した柄をなるべくつくらない事が基本で、売れた柄の図案を軸に色バリエーションややり方を変えて表現していく事が多いそう。

そんな経験豊富な泰光さんは、“平面的”な柄は売れないとおっしゃいます。手元の図案をいかに“立体的”に表現できるか、そこに工夫が積み重なり野口織物の反物は織りあがっていきます。この”立体的”とは、同じ白でも、一本調子でなくどれだけ濃淡の表現ができるかということ。同じ図案が手元にあったとしても、どこを抜くのかは各機屋の判断だから個性は絶対出る、出なかったら生き残っている意味がない。平面的で良いのは水玉だけ、と泰光さん。そう言われて改めて生地を見つめると、ひとつひとつの柄が“立体的”に表現されているから、こんな柔らかい印象がでるんだということに気づきます。そして、それを想像しながら括り位置を定めていくのは、何と果てしない作業なのだと改めて感じます。

絵は嫌いではないという泰光さん、その絵心がこの繊細な表現に繋がっているのでしょうか。ただ、だからこそ、今は中々新しいチャレンジができないそう。従業員さんも80代の方が2名と少なくなり、生産量に限りがある。その中では、アイテムを絞って生産しないといけない現実があり、どうしても遊び心が出ないし問屋さんから依頼があっても、中々足を前に踏み出せないそう。

やってみて、失敗して覚えていく

サラリーマンから織元への転身は、真っ新な状態でのスタート。義父さんが手取り足取り教えてくれるわけではない、見て自分でやって失敗して初めて覚えていくのだと泰光さん。今では代名詞のようなチヂミ織も、20年位前に問屋さんからのリクエストで始めた手法。野口織物の織機は4丁織機にチヂミ織の為の特注ローラーが取り付けられている。糸の在庫や設備投資、他社があまりやりたがらない手法でしたが、挑戦し今まで育て上げて来られました。生地の厚さも試行錯誤の末、現在の厚みに落ち着いているそう。もっと薄手のリクエストもあるけど、薄いやつはコシがないから洗濯したらクタっとする、と。一回着たら普通の生地はペタッとして夏は暑くて着れないと、その肌ざわりに太鼓判。

そして、今まで積み上げた経験や知恵も、聞いてくれたらいつでも教えるよとためらいはない。

新しい色を扱うのは今までの色合わせでは合わないし、その濃淡を考えるのは骨が折れると泰光さん。それでも、一昨年にはパープルを取り入れられ展開されています。ご自身で着るならとピックアップされた生地にもパープルの配色。取材に伺った日の工房では、鮮やかなオレンジやグリーンの反物が織られていました。今は無地のこの反物にも絣柄が現れる日が来る事を願って。

 

初めてお手伝いさせていただいた産地の催事で、一番生地を売る人だからと事前に聞いていました。始まってみると納得で、その笑顔と語り口にお客さまもみんな楽しそう!コロナ前は絣屋さんで結構頻繁に飲みにいったとお聞きして、野口さんのいらっしゃる飲み会は楽しそうだなとニヤっとしてしまいました。是非、皆さまにも産地イベントで野口さんとのお話しを味わって頂きたいです。(山口)

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